我が子の肩たたき

自分の右肩を思わず左手で押さえながら「はぁ、疲れた」とため息をつく母親がいます。人は疲れた時に、身体で一番気になる箇所に手をやる習性があります。手当という言葉がありますが、身体に手を当てることは、もっとも原始的な癒しの動作だといえます。

毎日の仕事に併せ、家事や育児は主婦にとって重労働です。ため息をつく母親の様子を傍らで見ていた7~8歳の子供が心配そうに声をかけました。
「お母さん、疲れているの? じゃあ肩たたきしてあげる」

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タントン、タントン、タントントン。自分を労わってくれる懸命さが肩を叩く小さなコブシから伝わります。ずっと弱々しいはずの力加減であっても、自分への思いやり、我が子の優しさは母親に心理的な充足をもたらします。それは不思議なことではありません。心が満たされると身体は楽になるのです。

「あぁ気持ちいい。ありがとう」
子供はその言葉が嬉しくて、さらに頑張って母親の肩を叩きます。

ほぐしワールド

もみほぐしの世界にどのようなものがあるかを考えたときに、母親の肩をタントンと叩く子供の姿を真っ先に思い出します。そんな考察に何の意味があるのかと言われそうですが・・・。

普通に行なわれるもみほぐしを「お店もみ」と名付けます。立地サービス業としてご来店を待ち受け、ご予約を頂いたお客さまに施術を行なうものです。

リラクゼーションスペースやもみほぐしサロンはその代表ですが、施術を業として行なう専門店であれば個人の整体院なども含まれます。

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現在のもみほぐしは、そのほとんどがお店もみといっても過言ではありません。そこではつい自分たちの土俵で物事を捉えてしまいがちです。職業施術のテクニックは確かに大切かも知れませんが、様々なもみほぐしから得られる気付きにも意義があります。

今月のもみAはもみほぐしの特殊な種類を取り上げながら、私たちの仕事に役立つヒントを探りたいと思います。さあ、一緒にもみほぐしワールドを巡って行きましょう。

もみほぐしの原点

我が子の肩たたきのシーンに見られるように、家族が中心となり、主に自宅内で行われるもみほぐしが「家庭もみ」です。遠い昔に私も母親の肩たたきをした経験があります。だからこそ真っ先にその姿を思い出すのかも知れません。

結婚して夫となってからは、妻が疲れた背や足を踏んでくれました。子も幼いうちはそれに加わってくれ、今では園児の孫が私の肩たたきをしてくれます。

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自分の身体を触らせる、相手の身体を触る、という行為は第三者に対して容易にできるものではありません。しかし家族ならば安堵して自分の身体を委ねられ、揉み手にも身体に触れることへの抵抗がありません。

もみほぐしマッサージがいつどこで生まれたかは分かりませんが、おそらくその原点は家庭もみにあるのではないかと考えます。もっとも身近に癒すべき相手がいて、その環境や条件も、必要性すら伴っているからです。

家庭もみの手技

家庭もみの代表的な手技は「叩き」と「踏み」です。もみほぐしの叩き(叩打)では甲打、切打、掌打、拍打などが使われますが、家庭もみでは握りコブシの小指球側を用いる槌打が一般的です。ノック以外で、誰もが普通にドアを叩くときの叩き方です。

踏みは家庭もみの大きな特徴です。足裏全体での踏みだけではなく、慣れてくるとつま先、もしくはかかとでの踏みができます。踏み手によっては背中に丸乗りして歩けます。その際にバランスを崩さない動きが自然な「揺すり」となって気持ち良さを増します。

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叩きや踏みは、初心者であっても効果を出しやすい手技です。家庭もみの段階ではいずれも圧の技術を必要としません。踏みは、体重をそのまま乗せるだけでいいからです。

タイ古式マッサージの一部にも踏みはみられますが、今日の踏みはかなり発展しています。足踏みマッサージや足圧整体、フーレセラピーなどの名称やジャンルで、踏み専門のもみほぐしが存在するまでになっています。

温泉もみの魅力

温泉街の観光ホテル、旅館などで主に観光客を対象に行なうもみほぐしが「温泉もみ」です。古くからあり、昭和の頃は少し大きな観光旅館であれば必ずといってよいほど対応していました。おそらく昔は湯治の目的に結びついていたのではないかと考えます。

私が体験した頃は、もみほぐしという言葉がまだないので「マッサージ」と呼ばれていました。フロントや女将に頼むと地元のマッサージ組合または団体組織からセラピストが派遣されます。必ずしもあん摩マッサージ指圧師の免許を持った人とは限らなかったようです。

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サウナやスーパー銭湯といった温浴施設内で顧客を相手にするのもまた温泉もみです。平成に入ってさらに大きな複合スパが登場してくるとインストアとしてのもみほぐしサロンが登場しました。セラピストは派遣から内部体制に移行していきます。

温泉もみの魅力は、もみほぐしの効果が発揮されやすい点です。顧客は湯につかった直後であり、心身がリラックスしていることから普段以上にもみほぐしの気持ち良さを感じることができます。セラピストはかなり整った状況で施術できるといってよいでしょう。

湯治による血行の改善をさらに促す狙いでしょうか。温泉もみ元来の手技にはあまり強い揉みや押しは少なく、「擦り」が多く取り入れられている気がします。ただし最近のインストアサロンでは、一般のもみほぐしサロンとほとんど変わりません。

ホテルもみの特徴

ビジネスホテルやシティホテルなどで、主にビジネスマンを対象に行なうもみほぐしが「ホテルもみ」です。やはりセラピストは外部から派遣されるスタイルが一般です。

都市部のビジネスホテルでは客室も狭く、シングルベッドでしかも片側は必ず壁に密着しています。ホテルもみはそのベッドが施術スペースです。温泉もみでの旅館はまだ畳に布団なので比較的自由もききますが、それに比べるとかなりの制約です。

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ホテルもみに必要とされるのは「横もみ」の技術です。それがホテルもみの特徴にもなっています。余談ですが著者がまだ30代の頃、出張で毎月訪れていた首都圏のビジネスホテルで初めて受けた横もみはとても素晴らしいものでした。

その気持ち良さに感動し、翌月からホテルを予約する際には、必ず同じ人を指名して宿泊日に施術をお願いしていました。同じ頃に温泉地の観光ホテルで温泉もみを受ける機会もありました。明らかにホテルもみのスキルが高いと感じました。

最終的にはセラピスト個人に備わった要素によって左右されますが、施術を行なう上での環境の厳しさは、その技術を育む上で一役買っているといえます。

自分もみの流行

もみほぐしやマッサージにおいては顧客と施術者、クライアントとセラピスト、患者と治癒師といった様に、本来は受け手と揉み手は別人であるのが普通です。

しかし現代のストレス社会とそれにともなう健康志向ブームは「自分もみ」というスタイルを生み、流行らせています。自分もみとは文字どおり、自分を対象に行なうもみほぐしです。比較のためにそう名付けましたが、セルフマッサージに他なりません。自己整体も同じです。

自分もみの特徴は「ツボ押し」です。特に手の平や足、足裏といったもみやすく効果の表れやすい部位が人気です。木製のツボ押し棒やプラスチック製のツボ押しリングなど、初心者でも無理なく圧を加えられる小道具が用いられたりします。

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優れたセラピストは、おおむね自分もみの達人です。身体代償をともなうこの仕事を長く続けるためには、自分で自身の身体をケアすることもできなくてはなりません。とはいえ全てを一人でケアするのは困難です。

疲労や不調が蓄積されているときは、自身がプロであってもセルフではなく信頼できるセラピストに委ねましょう。実は著者にはもう一つの言い分があります。自分でもむよりも誰かにもんでもらいたい。その方がずっと気持ち良いのですから。

機械もみの進歩

人ではなく機械による行為であることから、マッサージ機器などによる「機械もみ」をもみほぐしの分類に入れるのはどうかとも思いました。しかし抜きにすることはできません。それほどに進歩しているからです。

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最新のマッサージチェアはほぼ全身を対象とします。それ以外にも、手や足、ふくらはぎ、首や肩、目、頭といった身体の各部位ごとの機器も登場しています。

  機械もみの背景にあるのは自分もみと同じく、現代のストレス社会とそれにともなう健康志向です。その背景が一方で自分もみの流行を、他方で機械もみの進歩をもたらしているといえます。

 揉み、押し、叩き、擦り、揺すりなど、最新のマッサージチェアは人が行なう全ての手技を既に備えています。その上で人がやりにくい背中の押し伸ばしなどをローラーによって可能にします。ローラーこそは機械もみが最初に人との差別化をはたした長所ではないかという気がします。

AIやロボットの最終段階

AIやロボットが人の動きを真似るとき、その進歩の順番でまず実現できるのは「足」だといわれています。次いで「脳」、さらに「腕」が続き、その上が「顔」です。表情を作り出すのはかなり大変だそうです。そして最も難しい最終段階が何かご存知でしょうか。

 それは私たちが日々の施術で用いているもの、そう、「手の指」です。指のきめ細かな動き、絶妙な圧の抜き入れは、いくらマッサージチェアが進歩したところで到底プロフェッショナルなセラピストには及ばないと考えます。

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しかし近未来がどうであるかは未知数です。人間工学への配慮はもとより、卓越した人工知能を搭載し、特殊なセンサーで骨格の位置や筋肉の硬さを瞬時に察知し、圧への身体反動をリアルタイムに計測しながら受け手に適切なマッサージを施す機械が登場しないとも限りません。早ければ2030年には登場するかも知れません。 

 私は機械もみがどれだけ進歩しても、それでも人(セラピスト)は残り、むしろより一層に付加価値が高まるのではないかという見解と根拠を持っています。それはまた別の機会に紹介させてください。