5分間の施術デビュー

デビューした日の初めての施術。セラピストの皆さんは覚えておられますか。自分で言うのも何ですが、私のそれは辛く、寂しく、痛ましいものでした。事前に「身体を押さないで」という注文をその女性から受けましたが、意味がよく分かりませんでした。

(押さずにどうやってほぐすのだろう?)

緊張もあったのかしっかり確認もせず、そのまま施術に入るとすぐに事態が急変しました。

「押さないで、って言ったでしょう!」
「えっ?」
「何なのよ、もういいわ。全然気持ち良くない!」
怒気を含んだ甲高い声を浴びせられ、たちまち私はうろたえました。

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オドオドしながら、頭を下げて謝るだけです。そんなセラピストがお客様から信頼されるはずがありません。
「他の人に代わってちょうだい!」
「・・・すみません、私一人なのです」

ほとんど未経験であったにも関わらず、ある特殊な事情で私はそのお店を1人で回さなくてはなりませんでした。独りサロンです。他には誰も居ません。
「もう帰る。2度と来ない!」

文章にするとヒステリックなセリフですが、それだけ不満が強かったのでしょう。タイマーを押して5分しか経っていませんでした。それが私の施術デビューです。思い出すのも辛く、いたたまれない鮮烈な経験でした。

お客様が怒って帰られた後、少し落ち着いたとき気づきました。未熟な自分のせいで、そのお客様はもちろんですが、お店の信用と評判を地に落としたに違いないと。

孤独の果てに

同じ日の予約は他に2件ありました。ショックが大きく落胆の極みでしたが1人なので放り出すことも、逃げ出すこともできません。

救いはともに男性のお客様だったことです。どうにか60分のもみほぐしマッサージを2件、時間どおりこなしました。精一杯頑張ろうと自分に言い聞かせました。技術が足りないのであれば、せめて誠意でカバーするしかありません。
後の電話での問い合わせは断りました。施術する気力が失せていました。

(全然気持ち良くない!)

その言葉と、そう発しながら私を睨みつけるお客様の表情が頭から離れません。何度も思い出すのです。正直なところしばらくの間、特に女性のお客様に対しては一種のトラウマのような心理状態を抱いていた気がします。

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(同じことを言われたらどうしよう)

ビクビクし、どこかで女性の身体に触れるのが苦手になりました。アドバイスをくれる先輩も、相談できる上司も、励ましてくれる同僚も居ません。掃除や洗濯も、お店の開け閉めも1人です。その辛さと寂しさは体験した者にしかわかりません。

しかし孤独であったからこそ、この仕事をあれこれと考察し、PDCA(Plan-Do-Check-Act)を行なう時間と環境は十分でした。気持ち良いとはどういうことか、押すことができないのならどうすべきなのか。誰にも邪魔されずに自問し、自答を重ねていくことができたのです。

通過儀式

もみほぐしマッサージでセラピストが初めに体験する身体の痛みはまず「指」でしょう。誰もが通過する儀式のようなものです。私もすぐ指に痛みを覚えました。決して大げさではなく、箸の重みがキツイと感じられました。

5年以上も禁煙していたタバコをまた吸い始めていました。自分の弱さに過ぎませんが、孤独での辛さや寂しさを紛らわしたかったのです。タバコを吸いたくて百円ライターを手にしても、指が痛くて着火できませんでした。

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不思議なもので、痛くても我慢し続けると指は丈夫になってきます。どうしても無理な時は指に代えて「肘」を使いました。どうすれば肘を指のように使えるのか。マットや枕で試行錯誤の動きを繰り返し、あれこれ自分で工夫しながら実践しました。

次に手首を痛めました。手根による揉捏(じゅうねつ=もみこねる)動作に無理があったようです。首(右腕)を痛めたときには大変な思いをしました。その後、腰にもきましたが大事には至りませんでした。セラピストによっては背中を痛める人も少なくないようです。

至福の施術ベッド

独りサロンはショッピングセンターのテナント店舗で、使われる施術ベッドは他に類を見ない特殊なものでした。リラクゼーションにこだわりを抱く前事業者の設備を居抜きで引き継いだものでした。

縦の長さが約2m20m、横の幅が約1m40cmもある木製の手作りベッドに、さらに一回り大きい厚み15cmほどの低反発マットが敷いてありました。セミダブルベッドと見間違うほどの大きさです。

店内には広めの施術用の個室が4部屋あり、同じベッドが設置されていました。セラピストは私1人なので続けて施術する状況に備えても2部屋あれば十分です。そこで1部屋は洗濯物干し場に、もう1部屋は私が休憩用に使いました。

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(はぁ~、なんて気持ちの良いベッドなのだろう)
横たわると、至福の寝心地でした。身長のある私が大の字に寝ても周囲に十分な余裕があります。このベッドの大きさと気持ち良さを活かしたい。低反発の分厚いマットは「横揉み」に最適と思えました。未熟な初心者であるにも関わらず、デビューの1週間後には横揉みを取り入れるチャレンジを始めました。

しかしお客様にとって至福のベッドが、必ずしもセラピストにとって最善であるとは限りません。初めての施術デビューからわずか約2カ月後、身をもって私はそのことを思い知らされるハメとなります。

右腕の故障

最初に覚えた違和感は、右上腕部での軽い痺れでした。それが徐々に腕を下がりはじめ、ときおり手の甲まで痺れるようになりました。指や手首の痛みはシップして時間が経てば収まりました。これも一時的なものと安易に考え、あまり気に留めずにいました。

ところがお客様の背や肩を強く揉もうと力を込めると、それに合わせて右腕全体にジリジリした痛みを伴うようになりました。

(お客様に満足してもらうためには、コリをほぐさなくてはならない)

もみほぐし60分が税込み3,200円の低料金サロンです。野戦病院の様相にも似て、全身が鋼のようにコリまくった硬いお客様もご来店されます。

(力を入れて強く揉まないことにはコリをほぐすことはできない)

そう信じ込んでいた私は、自分の限度が10の力であっても、お客様の身体のコリが硬ければ11や12の力を込めて必死にほぐしていたのです。

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「頸椎ヘルニアか頸椎管狭窄症ですね」
「首、ですか?」
「そうです。間違いありません」

痛み治療に定評があるペイン・クリニックで受けた専門医の検査結果でした。独りサロンなので休むわけにはいきません。毎週1回通院し、肩への注射と薬剤による治療を始めました。

ある特殊な事情

しかし6週間経っても一向に良くなるどころか、右腕の痛みはますますひどくなりました。力を込めて指圧を行なうと眉をしかめ、額に汗がにじむほど強い痛みを感じるようになってきたのです。

「痛いと脳が悲鳴を上げているのに、その痛みをともなう行為を続けるべきではありません」
初診時にマッサージの仕事をしていることは伝えてありました。医師のその言葉は、痛みに抗いながら施術を続けている私への警鐘でした。
「しばらく仕事から離れてはどうです?」
「訳があってそれはできません」
医師に個人的な事情を話す必要はなく、彼もまた尋ねたりはしません。

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ある特殊な事情とは何か。それはまだ尾を引き、残り4カ月以上サロンを開け続けなくてはなりませんでした。

サロンを出店したショッピングセンターは全国展開する大手でした。テナント管理会社は別の系列企業ですが、大手ゆえに契約や管理はしっかりしています。中途解約は出店時の権利金の没収にとどまらず、別途違約金の支払いを伴いました。それを免れ、テナント契約に照らした出店義務を果たすためには、たとえ1人であっても契約満了日まで営業する必要があったのです。

最高の治療

独りサロンはセラピストが1人でもわずかながら売上がありました。賃借料の足しにはなります。少しずつお客様も増えています。しかし右腕はどんどん痛みだし、ついには就寝時にも痛くて眠れない日が続くほど重症になっていました。

「患部を直接スキャンしながら注射します。週2回までその注射は可能です。薬剤も一番強いものに切り替えましょう。それが当院で行える最高の治療です」
「お願いします、先生。とにかくこの痛みを抑えてください」

従来の肩への注射に、手術室に移動して頸椎を医師にスキャンされながら直接患部に注射する治療が加わりました。強力な痛み止めを毎朝夕欠かさず飲み、週2回の治療を休まずに続けました。

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「これで治らなければ、もう外科的な手術しか方法はありません。その時は大学病院に紹介状を書きましょう」
医師がそう言うだけのことはあり、徐々に痛みは減ってきました。そして10週後には感じなくなりました。ペイン・クリニックを訪れてから4カ月かかりましたが、おかげで完治することができたのです。

対処療法は根本的な治療ではないので、一般に否定的な見方が多いようです。しかし必ずしもそうとは限らないことを実感しました。着眼は「脳」です。その経験はデリバレイト・マッサージ(デリム)という私の施術メソッドに役立ちました。

突然の腰変

右腕の痛みがだいぶ収まってきた頃、朝起きて洗面台に向かおうとすると、突然腰に力が入らない症状に見舞われました。四つん這いでゆっくりなら動けますが、立ち上がることができません。

(これはやばい。一体自分の身体はどうなったのだ?)

頭の中が真っ白になりました。痛みは無いのでぎっくり腰ではありません。しかし動けません。寝返りもできず、仰向けに真っすぐジッと寝て症状が収まるのを待ちました。
妻に貼り紙と届け出を頼んで独りサロンに向かってもらいました。臨時休業する場合にはあらかじめテナント管理会社への届け出をFAXしておく必要があったのです。

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(このまま半身不随になったらどうしよう。救急車を呼ぶべきだろうか)

痛みが無いのは救いでしたが、初めての事態に得体の知れない不安だけが募りました。しかし夕方には腰を回すことができ、次の日も大事をとって朝から安静にしていたところ昼過ぎには普通に立って歩けるようになりました。翌日からサロンを再開したのは言うまでもありません。
あの「腰変」は何だったのか。危険なシグナルを察知して早めに安静にしたことで大事には至らなかった気がします。

デリバレイト・マッサージ

サロンの姉妹店で一般の業務用ベッドで初めて施術をしたとき、圧のかけやすさや動きやすさにびっくりしました。そして愕然としました。
(原因はベッドだ。あのベッドで無理な姿勢を取り続けたことが原因かも知れない)

お客様にとって至福のベッドが、必ずしもセラピストにとって最善であるとは限りません。もし鏡で自分の施術中の姿を写し出せていたら、その酷いスタイルにきっと目を丸くしたに違いありません。あまりに無知でした。

幅広ベッドの脇から腰を前に屈める施術姿勢が多かったことから、腰ばかりか首や肩にも大きな負担がかかっていました。それで10の力しか出せないのに、必死に11や12の力を込めていたら身体を壊さないはずがありません。後になって実は、低反発の分厚いマットが力を吸収してしまう性質であったこともわかりました。

それからは姿勢を崩す施術はマットに上がりました。慣れると楽でした。ヘッドマッサージや足裏など腰を屈めないで済むものはベッドの脇から施術しました。

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(もみほぐしマッサージのセラピストはみな身体を壊して辞めていく)

そう聞いたことがあります。お客様の身体を癒して楽にする代わりに、セラピストの身体がその償いを受けてしまう。それが「身体代償」です。健康できちんとした手技を施せるセラピストであっても身体代償はともなうのに、不健康で未熟な私が故障したのは当然かも知れません。

身体を壊さずにこの仕事をライフワークとしていくためにはどうすればよいのか。初めての施術時に全然気持ち良くないと言われた教訓と相まって、オリジナルメソッドであるデリバレイト・マッサージ(デリム)が育まれました。

デリムはゆったりとした加え圧と抜き圧を特徴とし、クライアントに気持ち良いだけではなく、セラピストの身体にも配慮する技法です。私が短期間に上達できたのは、デリムの高い効果と汎用性を活かしたからに他なりません。

独りサロンの閉店

8カ月に及んだ独りサロンもテナント契約の満了日となり、いよいよ最後の日を迎えました。1カ月前には閉店日の告知ポスターを店内に貼りました。会社の姉妹サロンは他に2店舗あり、そのうちの1店舗に移ることも書いて貼っておきました。

苦手意識のあった女性客はむしろ得意になっていました。
「今度の店にも寄らせてもらいますね」
「普通のベッドなので、ここほど気持ちよくありませんよ」
「それでも行きます」
常連のその女性客の言葉に嘘はなく、次の店では初めての指名客になってくれました。独りサロンでは指名など必要なかったからです。もう数年は経ちますが今でも毎月1~2度は私のもとへ施術に来られます。

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「今日で終わりかぁ。本当にお世話になりました」
お菓子とタオルの詰め合わせを持って閉店日に顔を出してくれた男性は、3~4カ月くらい前から毎週土曜日の夜に必ず来られる常連さんでした。メニューは決まって120分のもみほぐしマッサージです。最初はその長さが苦になりましたが、そのうち全く気になりませんでした。その日は施術をするわけでもなく、挨拶のためだけに来られたのです。嬉しくて、思わず泣きそうになりました。

舞台の幕開けではお客様から罵声を浴びせられました。わずか5分の施術デビューでした。それがいつしか、お客様から感謝の言葉を口にしていただけるようになったのです。苦い記憶でしたが貴重に思えました。あの出来事があったからこそ、今の自分があるのだと確信できたからです。

様々な思いが巡る私の独りサロンは、こうして静かに幕を下ろしました。